GRACEがもたらしたもの

国土地理院 松尾功二

1. GRACEミッション概要

GRACE(Gravity Recovery And Climate Experiment)は, 2002年3月17日からアメリカ航空宇宙局(NASA)とドイツ航空宇宙センター(DLR)が共同で実施している人工衛星による地球重力場の観測ミッションである. 当初の5年間の計画を大幅に超えて運用され, 2015年10月現在もミッション継続中である.

人工衛星の軌道と速度は, 地球の重力ポテンシャルの強弱に応じて変化する. 重力ポテンシャルが強い領域では, 地球の引力が強くなるため, 衛星の軌道は降下し, 速度は加速する. 一方, 重力ポテンシャルが弱い領域では, 地球の引力が弱くなるため, 衛星の軌道は上昇し, 速度は減速する. このような関係は, 万有引力の法則とエネルギー保存の法則によって説明できる. 従って, 人工衛星の軌道と速度の変化を精密に測ることで, 逆に地球の重力ポテンシャルを測ることができる.

人工衛星を使った地球重力場の計測は, 1957年に旧ソ連が打ち上げたSputnik衛星によって初めて実現された. その後, 1964年に登場した衛星レーザー測距(SLR: Satellite Laser Ranging)によって高精度な重力場計測が可能となった(詳しくは第3部SLRの進展を参照). SLRは, 逆反射鏡を搭載した人工衛星の軌道を地上のレーザー測距儀を使って計測する技術あり, 比較的高い高度(800km~20000km)を周回する衛星の軌道を追尾する. 一般に, 人工衛星は, 軌道高度が高くなるほど長波長な重力場成分への感度が増し, 逆に軌道高度が低くなるほど短波長な重力場成分への感度が増す. そのため, SLRは地球重力場の長波長成分の計測には最適であるが, 短波長成分の計測には適さない. そこで欧州宇宙連合(ESA)は, 2000年にCHAMP衛星(CHAllenging Minisatellite Payload)を打ち上げ, 低い軌道の衛星(CHAMP)を高い軌道の測位衛星(GNSS)で追尾するH-L SST 方式(High-Low Satellite to Satellite Tracking)を導入することで, より短波長な重力場成分の計測に成功した. しかしながら, GNSSによる移動体測位は, 大気による電波遅延や高次の電離層擾乱, 衛星高度角に依存するアンテナ位相中心変動などの影響を受けることから, SLRと比べると衛星軌道の決定精度に欠けていた. そこで登場したのが, 重力観測衛星GRACEである. GRACEは, H-L SST方式に加え, 新たにL-L SST方式 (Low-Low Satellite to Satellite Tracking)を導入している. L-L SST方式とは, 2つの低軌道衛星を同一の軌道上に投入し, 衛星間距離の時空間変化を計測するというものである. 衛星間距離は重力ポテンシャルの強弱に応じて伸縮するため, その変化を計測することで地球重力場を復元することができる. 図1に, GRACE衛星のイメージ図を示す. 2つの衛星は, 高度約500 kmの同じ軌道上を約220 km離れて周回する. 双方に24 GHz (Kバンド)と32 GHz (Kaバンド)の2周波を持つマイクロ波測距装置(KBR: K-Band Ranging)が搭載されており, これを用いて衛星間距離の変化を計測する. このシステムはGNSSと異なり, 大気や電離層の影響を受けづらく, またアンテナ位相中心変動の影響も受けない. その結果, 約0.3μ/sという極めて高い精度で衛星間距離の変化を計測することができる. 図2に, GRACEデータをもとに復元された全球重力場の異常分布(フリーエア重力異常図)を示す. この重力異常分布は, その後2009年になると, ESAによるGOCE衛星(Gravity Field and steady-state Ocean Circulation Explorer)によって, さらに精微化される(詳しくは第3部GOCEがもたらしたものを参照).

GRACEミッションの1つの目的は, 地球重力場の静的な状態(Static gravity field)の高精度計測であるが, そのもう1つの目的は, 地球重力場の動的な状態(Time-variable gravity filed)の観測である. 地球の重力場は, 様々な物体の再分配過程によって微小であるが時々刻々と変化している. 例えば, 大陸では, 雨季になると大量の雨がもたらされ, 質量の蓄積に伴って重力場が強くなる. 逆に, 乾季になると土壌水分が失われるため, 質量の流出に伴って重力場が弱くなる. GRACEは, 広域的(約300km)な重力変化であれば数μGal(地球の標準重力の数億分の1)の精度で検出することができるため, そのような質量移動を直接的に観測することができる. 特に, ミッションの名前にClimateの文字が含まれているように, 気候変動に関連した質量移動の観測を目指してきた. GRACEはこれまで, 陸水循環に伴う土壌水分量の変化, 温暖化に伴う極域氷床と山岳氷河の消長, 異常気象に伴う反乱洪水や干ばつ, などを検出しており, 地球の環境変動を監視する強力なツールとして幅広い分野で活躍を見せている. また, 農業や工業活動に伴う地下水の減少や, ダムといった人工貯水池の変動をも捉えることから, 水資源の監視やその将来予測にも活用されている.

図1 GRACEのイメージ図.より.

図2 GRACEによって観測された地球の重力異常図. ITSG-GRACE2014kモデルをストークス係数150次まで使用した. なお, GRS80回転楕円体に準拠している.

2. GRACEデータについて

GRACEで計測された衛星間距離の変化は, 様々な解析機関によってデータ処理が施され, 重力データへと変換される. 主要な解析機関は, 米国のテキサス大学宇宙研究センター(CSR), ジェット推進研究所(JPL), そして独国のドイツ地球科学研究センター(GFZ)である. 他にも, フランス航空宇宙センター(CNES)やデルフト工科大学(DTU)などが独自の解析解を公開している. 取得された衛星間距離の変化に1次処理を施したものをLevel-1Bデータと呼び, 2次処理を施し全球重力ポテンシャル変化の球面調和係数(ストークス係数)に変換したものをLevel-2データと呼ぶ. また, Level-2データに誤差除去処理を施し, 相当水厚変化に換算したものをLevel-3データと呼ぶ. これらのデータは, インターネット上で一般に公開されている(例えばftp://podaac-ftp.jpl.nasa.gov/allData/graceなど). Level-2データは球面調和関数の60次~96次まで, Level-3データは1度グリッドで利用可能であるが, 実質的な空間分解能は約300kmである. 2015年10月現在, データは2002年4月から2015年8月まで利用可能である.

GRACEデータの基本的な時空間分解能は, それぞれ約30日と約300 kmであるが, これまでに分解能を高める研究開発が各機関で進められている. 例えば, 米国のゴダード宇宙飛行センター(GSFC)やジェット推進研究所(JPL)は, 逆解析手法によるGRACEデータの高分解能化を行っている. これは, GRACE Level-1Bデータを観測値とし, 万有引力の法則やエネルギー保存の法則を応答関数, 地表面上の質量塊(マスコン)の分布を推定パラメータとして, 様々な制約条件を課した最小二乗推定によってマスコン分布を求める, というものである. そうすることで, 時間分解能が10日, 空間分解能が約200 kmのGRACE(マスコン)解を導いている (Rowlands et al., 2010; Sabaka et al., 2010). また, 独国のボン大学は, 数値モデルで出力した地球表層流体(陸水など)の変化を先見情報として, カルマンフィルターを用いて逐次的に重力変化を推定する, という手法によって1日ごとのGRACE解を導いている(Kurtenbach et al., 2009).

3. GRACEが捉える様々な重力変化

これまでGRACEがもたらした科学的成果については, 宗包(2014)にて詳細にまとめられている. ここでは実際のGRACEデータを用いて, 現在地球で起きている様々な重力変化について, その代表的な例を紹介する. 時系列解析により, 季節的な重力変化, 経年的な重力変化, 巨大地震に伴う重力変化, を抽出し, それぞれを簡単に解説する. なお, 用いたデータはCNESが提供するLevel-2 RL03 データで, 球面調和関数の60次まで使用した.

季節的な重力変化

図3にGRACEによって観測された季節的な重力変化を示す. 赤色は重力(質量)の増加を示し, 青色は重力(質量)の減少を示す. 季節的な重力変化は, 主に降雨・降雪による土壌水分量の変化を反映している(Tapley et al., 2004). 特に南米, アフリカ, オーストラリア北部, 東南・南アジア, などの低緯度(北緯30度から南緯30度)地域で, 顕著な重力変化が見られる. その重力変化は, 夏~秋に増加, 冬~春に減少を示しており, 熱帯モンスーン気候の降雨特徴とよく一致する. また, 北半球の中高緯度(北緯45度から75度)地域でも, 顕著な重力変化が見られる. その重力変化は, 冬~春に増加, 夏~秋に減少を示しており, 亜寒帯湿潤気候の降雨・降雪特徴とよく一致する.

図3 GRACEによって観測された季節的な重力変化.

経年的な重力変化

図4にGRACEによって観測された2003年から2013年までの経年的な重力変化を示す. 赤色は重力(質量)が毎年徐々に増加していることを示し, 青色は重力(質量)が毎年徐々に減少していることを示している.

スカンジナビア半島(a)とカナダ・ハドソン湾周辺域(b)で見られる重力の増加は, 後氷期回復によるものである(例えばTamisiea et al., 2007). 後氷期回復とは, 氷期に存在した氷床が1万年ほど前に消失したことで荷重変形していた地殻が時間をかけてゆっくりと回復する現象を言う. 地下深くからマントル物質が湧昇しているため, 正の重力変化として現れる.

グリーンランド(c)では重力の減少が見られる. これは近年の温暖化に伴い, 氷床が急速に消失していることを示している. GRACEによる見積もりによると, 年間流出量は平均で約2200億トンに達する(例えば Jacob et al., 2012).

西南極(d)では, 氷床質量が変化する一方で, 後氷期回復も同時に進行しているため解釈が難しい(例えばYamamoto et al., 2010). 衛星高度観測や現地観測の結果と照らし合わせると, 西南極の沿岸部と南極半島では氷床の消失による重力の減少が, 内陸域では後氷期回復による重力の増加が顕著であるようだ. 一方で, 東南極(e)でも重力の増加が見られる. これは積雪量の増加によるもので, 当該地域に位置する昭和基地でも降雪量の増加が確認されている. 南極全体でみると, 氷床の質量収支は年間平均約1600億トンの減少傾向であると見積もられている(例えば Jacob et al., 2012).

アラスカ(f)とチリ・パタゴニア(g)で見られる重力の減少は, 温暖化による山岳氷河の融解によるものである(例えば Chen et al., 2007; Luthcke et al., 2008).

チベット高原周辺域(h)では, 様々な重力変化が同時に進行している. ヒマラヤ山脈を始めとするアジア高山域では氷河の融解が起こり, チベット高原内部では氷河融解水の増加に伴う内陸湖の水位上昇, インド北部では灌漑による地下水の減少が起きている(松尾・日置, 2014).

インドネシアとマレーシア(i)で見られる重力変化は, 2004年スマトラ沖地震に伴うもので, 次項で詳しく述べる(Han et al., 2006; Ogawa & Heki, 2007).

図4 GRACEによって観測された2003年から2013年の経年的な重力変化.

地震による重力変化

地震の発生源である断層運動は, 地殻とマントル境界(モホ面)の変形, 体積ひずみに伴う岩石の密度変化(膨張・圧縮), によって地球の重力場を変化させる. また, 地震が海底で起こった場合は, 地殻変動に伴う海水の移動, による重力変化も生じる. 地震に伴う重力変化は, Okubo (1992)により定式化され, 2003年十勝沖地震の発生時に地上の超伝導重力計によって検出された(Imanishi et al., 2004). 当初の計画では, GRACEの地震学への応用は想定されていなかったが, 2002年の打ち上げ以降, 2004年スマトラ沖地震(Mw9.2)や2011年東北地方太平洋沖地震(Mw9.0)などM9クラスの超巨大地震が立て続けに発生し, そのシグナルが検出されたため, 地震研究にも活用されるに至った. 図5にGRACEが観測した, 2004年スマトラ島地震と2011年東北地方太平洋沖地震に伴う重力変化を示す. 左図が地震時重力変化で, 右図が地震後4年間の累積重力変化である. 地震時重力変化は, 顕著な負の変化を示しており, 主に地殻の体積膨張を反映している. これまでMw8.3以上の巨大地震に対し, 7つの検出例が報告されている(例えば Heki & Matsuo 2010; Matsuo & Heki 2011; Tanaka et al., 2015). 地震後重力変化に関しては, そのメカニズムの解釈は諸説あるが, 多くの研究でマントルの粘弾性緩和によって説明されている(例えばTanaka et al., 2009).

図5 GRACEによって観測された2004年スマトラ沖地震(上)と2011年東北地方太平洋沖地震(下)による地震時重力変化(左)と地震後4年間の累積重力変化(右). 長方形は破壊した断層域を示す.

4. GRACEの現状と後続ミッション

GRACE衛星は, 2015年10月現在も観測を続けているが, 寿命は確実に近づきつつある. 搭載されているバッテリーは消耗が進んでおり, できるだけ長く運用を続けるために, 2011年ころから半年に1度のペースで1ヶ月ほど計測機器の一部の電源を休止させている. また, 2010年4月ころに, 衛星内の温度を一定に保つための熱制御装置が故障している(しかし観測に特に支障はない). さらに, 時間とともに高度が徐々に降下しており, 投入時は約500 kmであった高度が2015年10月時点で約380 kmまで降下し, 2017年から2020年の間に地上へと落下することが予測されている. つまり現状としては, GRACEはいつ機能を停止してもおかしくない状態であり, どんなに長くとも2020年までには運用が終了すると見込まれている(Tapley et al., 2013). 前述のようにGRACEは, 様々な学問分野で目覚ましい成果をあげ, 地球環境の監視ツールとしても極めて重要な役割を果たしてきた. そのため, 後続となるミッションが強く望まれている.

現在のところ, GRACEの後続ミッションとして, NASAがGRACE follow-on ミッションを計画している. 2017年8月の打ち上げを目指しており, 準備は順調に進められている. 詳細についてはまだ明らかではないが, 基本的にGRACEとほぼ同じ設計とシステムを踏襲するようだ. 新しい点としては, KBRに加え, レーザー干渉計による衛星間測距装置(LRI: Laser Ranging Interferometry)を搭載することがあげられる.

GRACE以外で詳細な重力場観測が可能な衛星ミッションは, 2013年11月から欧州宇宙機関(ESA)が実施しているSWARMミッションである. SWARM衛星は, CHAMP衛星の後継機であり, 3つの衛星で構成され, それぞれH-L SSTによる追尾観測を行っている. 観測性能はGRACEには及ばないが, 約500 km規模の重力変化であれば検出が可能である(Jäggi et al., 2015). 現在のGRACEミッションとGRACE follow-onミッションとの間にデータの空白期間が生じるような事態が発生した際は, その橋渡しとしてSWARMの活用が期待できる.

5. 今後の展望

GRACEの成功を受けて, NASAは2011年9月から2012年12月にかけて, 月の重力場モデルの改良を目的に, GRAIL(Gravity Recovery and Interior Laboratory)ミッションを実施した. GRACEと同じ機能を持つ双子衛星を月軌道へと投入し, 高度50 kmを約200 km離れて周回し, 衛星間距離の変化を計測した. そして, 月の重力場モデルを, 空間分解能が約10 km(900次までのストークス係数)という傑出して高い品質で構築した(Lemoine et al., 2014). 今後, 同様の重力衛星が火星や金星などにも投入されれば, 重力場モデルは劇的に改善され, 内部構造の制約や惑星起源の解明に繋がる新たな知見がもたらされるだろう.

地球ではGRACE follow-onミッションが控えているが, その機能はGRACEとほぼ同じであるため, 観測精度が大きく向上することは無いだろう. ただし, データ期間が延長することで, これまで見えなかった小さな経年変化や, 時間スケールの長い周期変化などが検出される可能性はある. 今のところ, 地球の質量変化を宇宙から監視する手段は, GRACEを始めとする衛星重力観測が唯一であるため, このまま観測体制を維持するだけでも十分に科学的意義は高い. 更なる精微化や高精度化を実現するためには, 衛星をより低い軌道に投入するか, 性能がより高い観測機器を開発する必要がある. GOCE衛星は, その2つの要素を兼ね備えるが, 観測機器の性質上, 重力の時間変化計測には不向きである.

日本における衛星重力観測の活動は, ソフトウェアの面では一橋大学と情報通信研究機構が中心に宇宙測地技術解析ソフトウェア「CONCENRTO」の開発を進めており, その中でSLR衛星の軌道解析から地球重力場を導く機能が搭載されている(Otsubo et al., 2011). ハードウェア(人工衛星)の面では, 1986年8月に打ち上げられたSLR衛星「あじさい」が地球重力場の観測に一役貢献している. また, 現在計画されているものとして, 小型重力波観測衛星DPF(DECIGO Pathfinder)がある. DPF衛星の目的は重力波の検出であるが, 搭載予定のレーザー干渉計は重力偏差計としての機能を持つため, 地球重力場を観測できる. Hasegawa et al. (2012) は数値シミュレーションにより, 3×106 km2の領域で約2cmの相当水厚変化が生じれば, DPF衛星によって検出できることを示した. DPFの運用予定期間は約1年と短いが, 成果をあげることができれば, 後続ミッションへと発展する可能性がある. 今後の進展に期待したい.