VGOS —次世代VLBI観測システム—

かなめ測量株式会社 高島和宏

1. VGOSとは?

VGOS(VLBI Global Observing System)と呼ばれるプロジェクトが, IVS(International VLBI Service for Geodesy and Astrometry)において進められている. これは, IAG(International Association of Geodesy国際測地学協会)傘下のプロジェクトであるGGOS(Global Geodetic Observing System 全球統合測地観測システム)の一環として測地VLBI観測の次世代化を図るものである. 測地VLBI観測は, GGOSにおいて測地学三本柱(地球形状, 地球回転, 重力場)を支える基盤としての高精度な測地基準系を構築するための宇宙測地観測の一つとされており, その役割を果たすため, 以下の3つを主目標として定めている.

3つの主目標

これらの目標を達成するために必要な観測や解析処理の仕様について, IVSに設置されたVLBI2010委員会において検討されてきた. 委員会では, 各種シミュレーションや試作機を用いた実験により, その仕様が決定され, 2009年4月に「Design Aspects of the VLBI2010 System (VLBI2010設計仕様)図1」として公表された.

図1 Design Aspects of the VLBI2010 System(VLBI2010システム設計仕様) IVSから2009年6月に公表されたシステム設計仕様書. 観測, 相関処理, 基線解析等のVLBI全ての行程について, 56ページに渡り詳細に記述されている. 以下のURLからダウンロード可能である.

2. VLBI2010設計仕様

IVSにより公表された設計仕様書は, 観測, 相関処理, 基線解析と全ての行程において, 詳細に記されており, 56ページに渡る内容であるため, ここでは主要かつ重要な次の2点について紹介する. 詳細については原文「VLBI2010システム設計仕様」(Petrachenko et.al.2009)を参照していただきたい.

(1)パラボラアンテナ駆動速度向上

測地VLBI観測では, 天球上にある位置精度の良いクエーサー(準星)を選択して受信する. 特定の天体を長時間にわたり精密に観測する天文VLBI観測と異なり, 地球上の位置精度向上のためには, 数多くのクエーサーを順次切り替えて観測し, 誤差低減を図るのが効果的である. そこで, パラボラアンテナの駆動速度を速くすることが精度向上に直結する. しかしながら, 駆動速度を上げるためには強力な駆動モーターが必要となるだけでなく, その加速度に耐えられるための強固なアンテナ構造にしなければならなくなる.

そこで, 駆動速度と測地精度の関係についてVLBIシミュレーションによる評価が行われた(図2). シミュレーション評価から, 目標とする1mm精度を達成するためにはクエーサーの切替時間を30秒以内にしなければならないことが判明した. しかしながら, 現状の測地VLBI観測に使用されているパラボラアンテナは, 駆動速度が速いもので3度/秒(反対側に向けるためには60秒必要), 遅いものでは0.1度/秒(反対側に向けるためには1800秒必要)というものも少なくないため, 既存アンテナの駆動性能では目標精度を達成することが困難と言える.

そこで考え出された案が, 「ツインアンテナ」仕様である. これは同一観測所に12m級の中型パラボラアンテナを2基設置し, 交互に観測を行う観測方式であり, 一方が観測している間にもう一方のアンテナを次の電波源へ向けて駆動させることにより切替にかかる時間を短縮することができる. 現状, 測地VLBI観測では, 直径20~30m級の大型パラボラアンテナが採用されているが, それと比較すると中型2基の方が建設コストだけでなく保守コストも大幅に削減できる. また, アンテナ口径を小さくすることは, 前述の駆動速度を上げるためにも有利である.

これらのシミュレーション結果から, アンテナ駆動速度は, アンテナ1基の場合12度/秒以上と定められ, ツインアンテナ仕様の場合は5度/秒以上あればよいと決定された.

(2)受信周波数の広帯域化

VLBI観測では受信周波数帯を広くすることにより相関ピークを先鋭化し, 精度を高めることができる. しかしながら, データ記録性能に限界があることから, 1GHz幅程度が限界である. また, 受信機(アンテナ給電部)についても一般的に特定の周波数帯域のみに感度があるため広帯域化は容易ではない. そのため, 従来と同様の特定周波数帯のみを受信する仕様が候補として上がっていた. ただ, 近年の世界的な携帯電話や無線通信等の爆発的な普及により, 世界各地での混信電波が問題となっていた. そこで, 受信機の仕様としては, 2~14GHzという超広帯域をカバーする物を整備し, その帯域から混信電波を避けた1GHz幅×4チャンネルを記録する広帯域遅延量(ブロードバンドディレイ)観測方式が新たに提案された.

ブロードバンドディレイによる遅延量決定の概念を図3に示した. 遅延量決定の鍵となるのは, 混信等を避けて配置した4チャンネルの位相接続である. 周波数の2乗に反比例する電離層遅延と周波数依存のない対流圏遅延や時計のオフセット等を同時に推定し, 位相差2$\pi$のバイアスを推定して接続することは高度なテクニックを要する.

図2. 電波源の切替時間と三次元位置座標の誤差のRMSの関係 Petrachenko(2012)発表資料 6ページより引用 3種類のVLBI解析ソフトウェア(Solve, OCCAM, PPP)を用いてシミュレーションによる評価が行われた. いずれの解析においても目標とする1mm精度を達成するためには, 切替時間を30秒以内にしなければならないことを意味している.

図3. 広帯域遅延量(ブロードバンドディレイ)による遅延量決定の概念図 Petrachenko(2012)発表資料 14ページより引用 2~14GHz帯から, 中心周波数2.5GHz,4.9GHz,7.1GHz,11.7GHzとする各1GHz幅の電波(赤色部分)を記録した場合について, 各チャンネルの位相遅延量を縦軸に示している. 周波数が高くなると波長が短くなるため, 位相差はリニアに増大することになる. 一方, 電離層遅延量は周波数が低いほど大きくなる. したがって, これらの2つを合わせた遅延量は下に凸となる曲線を描く. この広帯域遅延量カーブを推定して4チャンネルを2$\pi$のバイアスを正しく推定できるかが, 遅延量決定の鍵となる.

3. 整備状況

日本国内においては, 国土地理院が茨城県石岡市にVGOS対応の観測局の設置が行われている. 2014年3月時点で, ほぼハードウェアの整備が完了し, 制御・監視機能などソフトウェアの整備・調整が行われた後に, 観測が開始される予定である.

海外では, VGOS仕様を実証するために試験観測局として, 米国東海岸にあるMITヘイスタック観測所とNASAゴダード宇宙飛行センターに各1基ずつのVGOSアンテナが整備されている. ドイツヴェッツェル観測所では, 直径13mのアンテナ2基をVGOS完全対応の局として新規に整備した. スペインにおいては, 本土に1局を整備している. また, カナリア諸島などの離島にポルトガルとも共同してさらに2~3基を整備する計画がある.

また, オーストラリア ホバート局ほか2局, ニュージーランドオークランド工科大学においては, VGOS仕様を見据えた上での直径12mアンテナを新規に整備している. その他にも, ロシア, 中国, スウェーデン, ノルウェー等がVGOS局の整備を計画している. 図4に世界におけるVGOS仕様の観測局整備状況を示した.

図4. 世界のVGOS対応観測局の整備状況(2014年2月現在 IVS評議員の報告を基に作成) 運用中2基, 建設中13基, アップグレード可能局4基, 予算獲得済6基, その他計画中等8基, 合計33基となっている.

4. 初期成果と今後の計画

初成果は, 2012年5月16日にVGOSの実証実験として行われたMITウエストフォード18m局-NASA GSFC GGAO 12m局の基線において, 周波数帯域3.2-9.9GHz, 各チャンネル512MHz幅, 観測時間6時間と若干VGOS仕様より低い設定ではあるが, 座標解算出に成功した(Niell et al. 2012). この実証実験結果は, ウエストフォード局を固定局として, GGAO局の水平座標と鉛直座標を求めたところ, 各々2mm, 9mmの誤差とであった. 精度については, 実証実験の仕様上の制約もあるため今後目標とする1mmを目指して更なる研究開発が望まれるが, 本初成果によりブロードバンドディレイ方式での遅延量決定, 広帯域信号の相関処理など一連のVGOS仕様による次世代VLBI観測が可能であることを実証した功績は大きい.

今後の計画として3ステージの段階的なVGOS観測への移行がIVSから示されている.

図5 米国NASAゴダード宇宙飛行センターGGAOに設置された世界初となるVGOS完全対応の直径12mVLBIアンテナ このVLBIアンテナを用いて, MITヘイスタック観測所ウェストフォード観測局との間で初成果をあげた. (出典:Niell et al. 2012, Figure 1)